きっかけ
ある時、文中の()の中に、壁に話しかけると書いたら、妙に気に入ってしまい、何度も使い回した。
しかし、本当は壁に話しかけたことなどない。
そこで、普段何も話してないやつに急に親友面された壁への感謝の意をこめて、たくさん壁と会話をしようと思う。
話し相手になってもらう
家の壁には、さいわいにも目や耳がないので、何を言ってもいいのだろうが、言ったことは全て自分が聞いている。
そこで、自分で聞いて恥ずかしくならないことからスタートした。そうじゃないと、精神が持たない。
壁に話しかけようとする時点で、すでに謎の恥ずかしさが込み上げてきているけれど。
話しかける
まだ声に出す勇気がないので、ウォーミングアップに、心の中で話しかける。
あと、深夜に、こんなことをしていたら、はたから見たら怪奇現象なので、そういう意味でも勇気がいる。誰も見てないけど。
よし…いくぞ…(緊張)
「ねむいねー」
当然だがなんの反応もない。
むしろ、壁が話し出したら、色々な意味で怖い。
次は、いよいよ声に出してみる。
よく分からない緊張が再び走る。やっぱり、まだ怖いし、小声にしとこう。
「ねむいねー(ひそひそ声)」
小声で言ってみたら、まるで、先に寝ている人を起こさないように、そっと会話している修学旅行の夜みたいで、楽しくなってきた。
インタビューする
ここで、趣向を変えて、インタビューしてみることにした。
さっきから会話が一方通行だと壁が思っているかもしれないので。
今回は、自室の壁のとある一枚に、インタビューする。
─壁さん、本日は宜しくお願い致します。
─よろしくお願いします。
─質問をする前に、ひとつお尋ねしたいのですが、お名前などは特にないのですか?壁さんでよろしいのでしょうか?
─はい、名前は特にありません。
壁で大丈夫ですよ。
─ありがとうございます。それではさっそくお伺いしますが、壁になってから、楽しかったことはありますか?
─人間の生活が間近で見られることですかね。
人によって、結構生活が違うので、見ていて面白いです。
─例えば、どんなふうに違いますか?
─そうですね…。部屋での過ごし方が違いますね。
人間って、私から見たら同じ生き物に見えるのですが、こんなに個体差があるんだと初めて気がつきました。
でも、同じ人間でも、生活が変化することもありますね。年数とか、環境の変化とかで。
─反対に、今まで壁をやっていて、つらかったことはありますか?
─ずっと同じ位置に居なきゃいけないことは、やっぱり辛いですね。
壁なので、腰とかが痛くならないので、そのへんは助かってますけれども。
─同じ位置に居ることは、どんなふうに辛いのですか?
─同じ視点からの風景しか見られないことですね。
目や耳などがないので、違う部屋の様子は一部しか分からないんです。
─しかし、さきほど、人によって生活が違うとおっしゃっていましたが、どのように知ったのですか?
─部屋にドアがある場合、開いている時などに、他の部屋の様子が見えるんですね。
長年、同じ視点からの景色を見ているので、なんとなくそれぞれの生活のパターンが分かるようになってくるんです。
あと、リビングなどの複数の人間がいる部屋の壁だと、私よりも、異なる人間たちの生活の様子をたくさん知っていると思います。
─なるほど…。
では、壁になってから、今までで一番印象に残るエピソードを教えてください。
─うーん。難しいな…。
今でも印象に残っているのは、新しく建てたばかりの頃のがらんとした部屋を見たときですかね…?
あのときの、寂しいような嬉しいような不思議な気分は、すごく新鮮でおもしろかったですね。
─誰もいない部屋って、不思議な静けさがありますよね。すごく共感できます。
─ありがとうございます。
─最後に、壁になってみて、よかったと思いますか?
─よかったと思います。
床や天井になっていたとしても、同じように思うのでしょうけれど、毎日結構たのしく過ごせていて、とてもよかったと思います。
いつも私の近くにいるぬいぐるみが、とてもかわいいですし(笑)
─ぬいぐるみ、お好きですか?
─はい、自分と正反対で、柔らかくてふわふわしているので、とても癒されるんです(照笑)
壁さん、本日はありがとうございました。
─こちらこそ、ありがとうございました。
普段は、(壁なので)話せないことがたくさん聞けてよかった。
もっと仲良くなる
壁とたくさん会話をして仲良くなれた気がする。しかし、もっと親密度をあげてみたいと思う。
なでる
ポコポコとした感触が面白い。
話し疲れた壁を、ちゃんといたわっている感じがする。
寄りかかる
壁のまっすぐな面が、背中をしっかり支えてくれる。
普段から家を見守り、物理的に支えてくれている壁ならではの安心感がある。
一緒に遊ぶ
ぬいぐるみを見せて、そっと触らせてみる。
当然、反応はないが、さっきのインタビューを思い出し、とても温かい気持ちになれた。
まとめ
壁に話しかけることは、異常なのだろう。
だが、実際に話しかけてみると、当然壁からの反応はないが、自分には小さな変化が生まれ続けた。
まるで本当に誰か親しい人に会った時のような、そんな気持ちになれた。
また、インタビューは、壁が喋ることはないので、自分で考えた内容なのだが、無機物という感情をもたない物の気持ちになってみたのは初めてだった。
それによって、少し離れたところから普段の自分や家全体の生活を見れたので、当たり前と思っていたことが、当たり前ではなく、実は多様性と驚きに満ちていたのだと気がつけた。
ほんの少し視点を変えるだけで、のほほんと過ごしていた普通の生活が、ちょっと楽しくなる予感がした。